2019年1月例会

1/19 同志社クローバーハウス

小学校の道徳教育の授業

~教科書でこんな授業もできるのでは…?

羽田純一さん(元小学校教員)

小学校の道徳の授業実践書を書きました。あまり乗り気ではなかったが、今年度に道徳が教科になり、実際に小学校で授業が行われるという事態のなかで、私たちが大切にしたい視点や内容をどう授業に入れていくかを考えてみたいのです。独自教材もあるが、各社間共通教材も少なくありません。
 授業の進め方については、(1)心がけ主義にならないようにする。(2)徳目や結論を押し付けない。オープンエンドの授業でもいい。(3)子どもたちが身近な生活とつなげながら考え、議論できるようにするなどといった視点を大切にしたいのです。また、内容については(1)個人の心情のレベルに止めずに社会的な問題に目を向けさせる。(2)日本国憲法の理念である個人の尊厳、基本的人権の問題として受け止めさせる。(3)平和な社会の実現を願う心情や社会的な視点を育てる。(4)願いや要求などを持つことの大切さに気付かせ、権利意識を持たせるなどの視点を大切にしたいと思います。
 教材として、5年「一ふみ十年」では自然破壊の社会的な原因にも目を向けさせたり、開発と自然保護の両立についても考えさせたい。6年「マザー・テレサ」では、個人の美化ではなく、社会的(行政の)責任に目を向けるようにする。5年「ノンステップバスのできごと」では、日本国憲法の中心である「個人の権利、個人の尊重」の理念に気づかせる。6年「世界人権宣言から学ぼう」では人権を身近なところから実現しようとする姿勢を持たせたいと思います。5年「同じ空の下で」では、人種や文化による違いを認め合い、世界の子どもの置かれている現状に目を向けさせたい。6年「白旗の少女」では、戦争体験を語り継ぐことの大切さを考えさせましょう。
 5年「この思いをフェルトペンにたくして」では、被災者の思いや願いの一端を知り、マスコミの使命に気づかせる。6年「母校大発見」では身近なところで願いや要求を持つことも大切さとともに、学校を良くしていこうとする意識が主権者意識につなげるようにしたいと思います。
 報告後、以下のような議論がされた。小学校では道徳教員推進教師がいて「道徳教育ができるようになって一人前」という指導もされている。道徳教育は突然出てきたのではなく、数十年かけて学校現場で進められてきた。教材の読み替えなどはしにくい事態が現場で起こっている。
 読み物「同じ空の下で」は何と甘っちょろいものだ。「同じをさがす」(教科書の問いかけ)のではなく、これを読んで子どもたちに疑問を持たせたらどうか。低学年の道徳はどんなものだろうか、発達段階からして逆に心がけ主義になってしまうのではないか。

いま現場では、道徳教育はどうなっているか?

田華茂さん(京都市立下京中学校)

  下京中では思考力をきたえる教育を大切にしています。その考え方を道徳もあてはめています。道徳を巡っては価値観の押しつけにならないか、いろんな議論があります。道徳は家庭の中ではぐくまれるのではないかと思っていますが、学校としてどんなことができるかを考えたい。
  中学校の現場では、道徳の副読本を使用しています。自主教材は使わないし使えないということになっています。がから、誰もが同じ教材を使用しています。担任が自分のクラスでやっているとき、生徒の反応はあまりいいものを引き出せず、なかなか難しかったりします。
  今年度後半は、一人の教師が同じ教材で5クラスを担当するやり方に変えました。授業の改善につながっていると思います。しかし、現場では大変な負担です。事務的な仕事も増えました。土日はクラブではなく、事務的な仕事で忙しくなっています。教科化によって忙しさに拍車がかかるのではないかと心配しています。正式には道徳の教科化は来年度からですが、すでに実質教科化されていると感じています。

中学校・教科「道徳」にどう取り組むか

辻健司(京都市立下京中学校)

内心の自由を侵害しないか
「ウソをついてはいけない」-私たちが大事にしなければならない「徳目」の一つです。ところが政府要人や高級官僚が守っているといえるでしょうか。
 道徳を教科にしたいと考えたのは、学校現場ではなく父母でもなく政府です。道徳は科学とは異なり、特定の価値観を伴います。その価値観がときの政府が国民に押しつけるものになるのではないか。公教育で教科として特定の価値観を教え、評価することは生徒の内心の自由を侵害することにならないか。
 そういう大きな問題が十分に議論されずに、中学校でも「特別の教科 道徳」が始まります。検定教科書が作られ、どの教科書がいいか現場教員の声も聞かず、採択が決定しています。
中学校・道徳教科書の特色
 2019年度~20年度の中学校の「特別の教科 道徳」の教科書は、丹後地区と山城地区が廣済堂あかつき、中丹地区と南丹地区が光村図書、乙訓地区が日本文教出版、京都市地区が東京書籍となりました。
 各社とも、カラフルな写真やイラストを配置し、ビジュアル的に生徒の関心を引こうと工夫しています。内容面では、22の「徳目」(文科省は「内容項目」とよぶ)に配慮しつつ、定番の読み物教材のほか、今日的なテーマも取り込んでいます。今日的なテーマとは、いじめ問題、ネット上のトラブル、障がい者理解、高齢者へのいたわり、多様な性のあり方、恋愛感情などがあげられます。そしてそれらのテーマが、生徒会活動や部活動、職場体験やボランティア活動、オリンピックやパラリンピック、阪神・淡路や東日本大災害などとからめながら出てきます(ただし原発の大事故は出てこない)。
 ほとんど読み物教材で、「いい話」「結論ミエミエ」の話が多く、考えさせる教材は少ないのです。生徒目線で言って面白くない話もあり、取り上げる価値があるのか疑わしい教材もあります。
「良い中学生」像に問題はないか?
 気になる点をあげてみましょう。各学年とも22の徳目が35のお話(週1回は年間35時間になる)として出てきます。35本のうち、感動的な読み物が8割ほどを占めていて、そこから望ましい中学生像が立ち上がってきます。まじめ、明るい、思いやりがある、イライラしない、いじめをしない、空気を読む、夢をもつ、SNSで失敗しない、ルールを守る、礼儀正しい、感謝の心をもつ、伝統や文化を大切にする等々。「それでいいじゃないか」という先生や保護者もおられるでしょう。けれども「自分で考えよう」「個性的であれ」「創造力をのばそう」「社会に目を向けよう」といったメッセージはあまり聞こえてきません。反抗期を経験しない中学生が良しとされるようです。また数値で評価しないとされてはいますが、通知表に成績が載ることで生徒の受けとめ方は変わってきます。良い成績をとりたいと、先生の望む作文をする生徒も増えることが予想されます。これって「きみたちにとって息苦しくない?」と聞いてみたくなります。

「考える」教材が少なくないか?
 文科省は「道徳性を養うことの意義について、生徒自らが考え、理解し、主体的に学習に取り組むことができるようにする」とし、他教科と同様に「言語活動を充実する」ことを求めています。また「多角的な視点から振り返って考える機会を設ける」ことも求めています。しかし教科書を見る限り、そうなっているとはいえません。5~6ページにわたる長文を読んだあとに、生徒自らが考え、言語活動をさせる時間がどれだけ残っているでしょうか。京都市教育委員会(以下、市教委と略す)は、1時間の授業で1本を仕上げ次の時間にまたがらないように指導しています。
 またそもそも「考える」教材が少ないのです(全体の2割程度)。各社とも「いじめ」問題には、読み物、図解、ロールプレイなども使って力を入れています。「心の様子をチェックしよう」というような心理分析をさせるページもあります。ところが気になるのは、答えが全部書いてある感じなのです。「いじめ」はこういう法律違反になると警告する教科書もあります。もちろん「いじめ」は道徳で学習したからなくなるというものではありませんが、「いじめ」について考える教材はもっとあっていいでしょう。
考えない生徒・考えない先生
 多忙な先生たちにとっては、教科書がやってくると、教材探しをしなくてすむし、指導書があれば指導案を作らなくてすむし、あれこれ考える手間が省けます。そして教科書や指導書の通りに授業を展開することになります。でもちょっと待って下さい。これでは考えない先生たちが考えない生徒を育てることになりませんか。指導書には書いていないような生徒たちの面白い発想や意見を軽視したり押さえ込んだりしませんか。
学年会で事前に、批判的によく検討しよう
 現場としてどうしたら良いでしょうか。道徳の授業をどうするか、その検討作業をしているのは学年会です。学年会でよく話し合い、場合によっては教材を差し替えることもしていいのです。教育委員会もすべての時間を教科書でやるようにとは指導していません。研究指定校でも独自教材の開発をしています。考える教材、ジレンマ教材、時事的でタイムリーな話題を取り上げる教材、読み物以外の教材など、学年会でアイデアを出し合いましょう。また、教科書を使うにしても、展開や発問を、あるいはワークシート、補助教材も工夫してみましょう。


手がかりになると思われる公的な文言
◎中央教育審議会「道徳に係る教育課程の改善等について(答申)」平成26年10月21日  特定の価値観を押し付けたり、主体性をもたず言われるままに行動するよう指導したりすることは道徳教育が目指す方向の対極にあるものと言わなければならない。むしろ、多様な価値観の、時に対立がある場合を含めて、誠実にそれらの価値に向き合い、道徳としての問題を考え続ける姿勢こそ道徳教育で養うべき基本的資質であると考えられる。


◎中学校学習指導要領解説平成29年7月
 指導の際には,特定の道徳的価値を絶対的なものとして指導したり,本来実感を伴って理解すべき道徳的価値のよさや大切さを観念的に理解させたりする学習に終始することのないように配慮することが大切である。


◎京都市教育委員会『特別の教科 道徳 評価について』平成30年3月
 道徳科の評価は、他の児童生徒との比較による評価や目標への到達度をはかる評価ではなく、一人一人の児童生徒がいかに成長したかを積極的に受け止めて認め、励ます個人内評価として行うものです。


◎京都市教育委員会作成 保護者向けのチラシより(平成31年2月)
教科書 授業では教科書以外に、学校が独自で開発した教材や映像・写真など多様な教材を使うこともあります。
評価 道徳科の評価が進学や入試の合否判定に影響することはありません。

 

民主主義の担い手を育てる教科に
 教科とされた道徳に対抗する価値観を実践の根底にしっかり持ち、教材を作りましょう。
 学校にも地域にも世界にもいろんな人が生きていて、人種や民族、歴史や文化、主義主張や価値観が異なります。でも、みんな幸せになりたい、安心して暮らしたいと願っているのは同じです。
 では一人一人が異なる個性を大事にしながら、全体としてどんな世の中をつくっていけばよいのでしょうか。それが民主主義でしょう。道徳を民主主義の考え方を育てる教科にして行きましょう。